どれだけの時間が過ぎたのかわからない。
自分にかかるリボーンの重みを感じながら
ただ宙を見つめていた。

なんでキスした?
意味は?
何を考えてる?
俺のことどう思ってる?

・・・俺、ちょっと勘違いしそうなんですけど。

でももし、勘違いじゃなかったら?

俺は、今何を考えてる?


「んー・・・」

やがてリボーンがだるそうな声と共にのそのそと体を起こし、
俺は急に解放された体が一瞬浮くような錯覚を覚えた。

俺はリボーンの言葉を期待した。
何か言うのではないか、と。
今俺が考えていること全ての答えとなる、言葉を。

だが、リボーンはまだ少し寝ぼけた様子でその逆立った髪をガシガシと掻くと、
ベッドから降りた。
そして脇に落ちていた靴に無造作に足を突っ込むと、
大きなあくびを一つして、そのままドアへと向かって歩き出した。
俺はその一連の行動をボーっと見つめていたが、
慌てて我に返り体を起こした。
柔らかいベッドに尻が沈む。

「リボーンっ」

どこか縋るように背中に向けて発した声に、
リボーンは何も言わないままドアの向こうに消えていった。まるで気付いていないかのように。
ポツンと部屋に一人残され、俺は唖然とするしかなかった。

「おいおい・・・」

・・・何、それ。
また無視?
さっきまで俺の上で眠ってたくせに、
無視っていうのはちょっと無理があるだろ。
わからない。

アンタ何がしたいの?

しばらくベッドの上で呆然としていたが、
リボーンはこの部屋にまた戻ってくるのだろうか、と考えると自然と立ち上がっていた。
会いたくない。
あいつを待つなんて、なんだかみじめな気がした。
待ったところで、俺は何を期待してるんだろう。

「帰ろ・・・」

ベッドから降り、窓に向かう。
下手にドアから出て、リボーンと鉢合わせするのはごめんだ。
きっとまた俺は泣きそうになってしまう、そんな気がする。
リボーンの部屋は2階。
5歳の頃だったらきっと転んでしまったりするだろうが、
今の俺なら楽勝に飛べる高さだ。
開けっ放しの窓に手をかけ、
俺は身を乗り出し、飛び降りた。
ダンッと音をたててアスファルトの地面に着地し、
そういえばボスに「音をたてるな」としょっちゅう言われていたなと思い出し、
俺はまだまだ未熟だなと思った。

「帰るのか?」

「!!」

突然目の前にリボーンが現れて、俺はぎょっとする。
リボーンはさっきと変わらない格好で、また大きなあくびをした。
な、なんでここに・・・。
ちゃんと周りを確認していなかったから、見落としていたのだろうか。

「あぁ、帰るよ」

俺は動揺してるのを知られないよう、
何も気にしていないような口振りを見せた。

「そうか」

それだけ言うとリボーンは踵を返し、
アジトへ戻っていった。

ますますわからない。
何?アンタ俺が出てくるの待ってたの?
さっきは無視しといて、今度は「帰るのか?」?
でも引き止めようとはしないんだ?

もしかして、俺がアンタの言葉を期待していたように、
アンタは俺の言葉を期待してた?

その言葉は何?

俺は何を言えばよかった?

そして俺は、アンタにどんな言葉を望んでいた?


「わかんねぇ・・・」


俺はどこか頭が痛くなるのを感じながら、
歩き出した。
吹き付ける風が冷たいのか温いのかもよくわからなかった。




家に戻ってからも妙にリボーンのことばかり考えてしまい、
時間を見計らって最近行きつけのバーへ向かった。
葡萄酒を思わせる紫の外壁に誘われて入ったのがきっかけで、
よく顔を出している。

「ランボ君久しぶり。いつもの?」

店に入るなり、バーテンダーのステファノが声をかけた。
人当たりがよく、まだ若いのに髭がよく似合っている。
俺も生やしてみようかな。

「うん」

いつもの、というのはステファノがオリジナルで作ってくれたものだ。
巨峰の味と香りが濃厚なリキュールベースのカクテルで、
一応俺は未成年なのだが、軽くウォッカも入っている。

差し出されたグラスに紫のカクテルが注がれ、
俺は口を付けて一口飲んで、小さく溜息を吐いた。
それを見てステファノは俺に話しかける。

「悩み事?」

「・・・・うん、まぁ」

「最近来てなかったけど、恋人でもできたのかな?」

「いや、恋人じゃないけど。わかんない、何も」

好きとかそういうのじゃない、多分。
じゃあ何?と問われれば困るけど、
何だろう、なんか、こう、もっと・・・・・・わかんない。

「相手の気持ちがよくわからない、ってこと?」

「・・・うん。俺は今までそいつのこと殺そうとしてたんだけど、何か最近違ってきたっていうか・・」

「あ、そっか。ランボ君はマフィアだったね」

ステファノは微笑むと思い出したように言葉を続けた。

「殺そうとしてるっていうのは、いつも言ってた人だろう?あの、ボンゴレの」

「うん、でもダメだ。全然敵わない」 

俺はハハと笑い、カクテルに口を付ける。
巨峰の香りが心地よい。

「それで、その人に対する気持ちが変わってきたんだ?」

「うん・・・なんかさ、無視されるのが嫌になってきた・・・」

「ふ〜ん」

ステファノは不思議だ。
どこか掴めない。
何か超越しているところがあって、なんていうか、
気付けば言いにくいことまでしゃべってる。
しゃべらされてるというよりも、自分からしゃべりたくなってしまう。

「無視されるのが嫌、か。つまり構って欲しいんだ?」

そして俺の気持ちをどんどん言い当てていくから、
俺は「うん」と言わざるを得ない。

「うん・・・変だよね」

「変じゃないさ。俺だってその感情に覚えがある。俺だけじゃない、生きていれば誰でも」

空のグラスを磨きながら、ステファノはなお微笑む。
その笑みはどこか意味深だ。

「ステファノ・・・「恋だ」って言いたいわけ?」

「おや?俺は別にそこまでは言ってないけどね。ランボ君がそう思うならそうなんじゃない?」

「・・・・・・・・・・・・」

やられた。
俺は勢いよく3口カクテルを飲み込んだ。

「ステファノは俺にキスできる?」

「おやおやキスまでしたの?」

「・・・したよ。2回」

こめかみを含めれば3回、さらに未遂を含めれば4回。
具体的な数字に俺はつい赤面してしまう。
だめだ、俺これじゃ「恋してます」って言ってるようなものだ。
違う、恋なんかしてない。
こんなの恋じゃない。

「2回もキスしちゃったんなら、相手だって多少何か感じてるんじゃないの?ランボ君みたいに」

どうやら最初の質問はとっくにどこかに言ってしまったらしい。
だけどそんなことよりもステファノのその言葉は俺にとって重要だった。
そうだ。俺がこんなに四苦八苦してるんだ。
リボーンだって、きっと今頃悩んでるに違いない。
もしかしてこれが「恋」ではないかと・・・って違う!恋じゃない!

「そうか〜、ランボ君が恋か。寂しいなぁ」

「だ、だから、違うったらっ」



バーからの帰り道、「恋」という言葉が頭から離れなくて
俺は一人で何度も頭を振った。
カクテル1杯くらいじゃいつもたいして酔わないのに
さっきから何度か頭を振ってる所為でアルコールが回ってしまったのか
軽く足にきてる。
かすかによろけながら歩いていると、
向かいから歩いてきた人がぶつかった。

やべ、と思ったのも束の間。
腕を掴まれた。
イチャモン付けられて殴られるのはごめんだ。
だが

「おうおうどこ見て歩いてんだランボ君」

「・・・・・・・・山本・・・」

ほっとしたのがバレたのか
山本が笑った。

「はははビビッた?ごめんな。何やってんだこんな時間に?」

時計を見れば短針が12を過ぎようとしているところだった。
一応まだ15歳だということをランボはあまり自覚していないようだ。

「山本こそ」

「俺?俺は「どっかの誰かサンが天井壊していったから連れてこい」ってリボーンさんに頼まれたんだ」

「え」

そういえば、弁償しろとか言ってた気がする。
・・・ていうか何で俺が弁償しなきゃいけないんだ。

「というわけで、連行させてくれよ」

「えっ」

青ざめる俺をよそに、
山本は腕を掴んだままずるずると俺を引きずっていった。


何度か抵抗を試みるが、山本に敵うはずもなく
気が付けば本日2度目のボンゴレアジトの前。
そして有無を言わさずリボーンの部屋の前まで連れてこられ、
慌てて踏ん張った。

「ちょっ、マジで勘弁してよ。会いたくないんだよリボーンに」

中にいるリボーンに聞こえないよう、小声で抗議した。

「へぇ、珍しいな。なんかあったのか?」

「なにもないけど・・・」

会いたくないんだよ今は特に。
ステファノが「恋」だなんて言うから・・・言ったのは俺だけど。

「ま、何があったかは知らねーけど、リボーンさんには逆らえないんだよな。悪く思わないでくれよ」

山本は二カッと笑うと、ドアを開けてポイッと俺を中に放り込み、
振り向く間もなくドアを閉めた。
俺は勢い余って床に転ぶように手と膝をつき、
心の中で山本に恨みを吐いた。

おいおいどんな顔して会えっていうんだよ。
いつもどんな顔してたかさえ、もう忘れたっていうのに。

そして、おそるおそる顔を上げるとそこには――――――――


――――――――「・・・誰も居ないじゃん」

いや、もしかしたらどこかに隠れてるのか?
これまでの経験から疑心暗鬼になっているようで、
部屋の隅々まで目を凝らした。
だが、静まりかえった部屋にやはり人の姿は無い。

なんだ、居ないのか・・・。

安心したような、残念のような。
会いたくなかったけど、心の何処かに会いたい気持ちがあった。

ふと視界の片隅にベッドが入り、
誰も居ないそれを見つめた。
そしてゆっくりと近づき腰をかけると
スプリングがギシ、と音をたてた。

なんであの時キスなんかしたんだろう。

ベッドのシーツに手を這わせる。
温もりは残っていないけれど、
体があの時の体温を覚えている。

・・・やばい、ドキドキしてる。

なんだろう、この感情。
この感情に名前を付けるとしたら、やはりアレしかないのだろうか?
ただ認めたくないだけで、
俺は本当はこの感情の意味をわかってるんじゃないだろうか。

「だとしたらやばいだろ・・・」

嘲笑ともとれるような笑みがこぼれた。

だってこの感情はどう考えても不自然だ。
誰がどう見たって、おかしい。

「・・・気持ち悪い、だろ・・・」

そのまま倒れるようにベッドに寝転び、
まだ欠けたままの天井を見上げた。
枕からリボーンの匂いがして、
胸にギュウッと押しつぶされるような痛みが走った。


その時何が込み上げてきたのかはわからない。
涙、だったのかもしれない。

意味は、

わからなかったけれど。









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お、お待たせしました。
たくさん感想を頂いてるので、喜びとプレッシャーが・・・ああ!
頑張って完結させたいんですが、
夏休み中に終わることができるか微妙なところです。
ていうか、この話どうやって終わるんだろう。
あ、ステファノさんはランボたんが気持ちに気付くための手助け役です。
完全にオリジナルさんです。
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