「ランボ、キスするか」

やけに冷静な口調でリボーンは言いながら
俺に歩み寄ってくる。

「は?アンタ何言ってんだよ」

俺はジリジリと後ずさるが、
背中に壁がぶつかってそれ以上下がれない。
さっきまでこんなところに壁なんか無かったはずなのに。
ていうか、ここどこだよ。
見覚えのあるモノトーンの部屋。
ああそうだ、俺はリボーンの部屋に来てたんだっけ。

「ランボ・・・」

「えっ、お、おい!冗談やめろよ」

やけに甘ったるい声で囁かれ、あごを掴まれた。
必然的に目を見ることになってしまい、
俺は動けなくなってしまう。
何故かリボーンの目に弱い。
まさに蛇に睨まれた蛙、いや、ジェロム・レ・バンナとそこら辺のハナたれ小学生、
明石家サンマと売れない若手芸人状態・・・ってそんなことを考えてる場合じゃない。
確実に近づいてきている唇をどうにかしなければいけないのだ。
だが、体は情けないことにすくんでしまっているのか、うまく力が入らない。

ど、どうしようどうしようどうしよう・・・!

そうだ、この近距離なら電撃で・・・っ

だが、いつも持ち歩いている角を取り出そうとすると、
その腕をガッチリと掴まれた。

「させないぞ」

リボーンがニヤリと笑って、ますます顔を近づける。


や、やばい

キスされる

唇が

近、い

うわあああーーーーーーーー!!!




――――――――――――――――――ああーーーー・・・・・・・あ?」

目を開けるとベッドの上だった。
牛柄の布団と枕、見慣れた天井、間違いなくここは自分の部屋。
カーテンから光がこぼれ、鳥のさえずりが穏やかに朝の訪れを知らせている。

「ゆ、夢オチ・・・」

我ながら情けない目覚めに頭を掻く。
よりによってリボーンに迫られる夢を見るとは、
よほど先日のことが頭から離れていないらしい。
先日のこと、というのは他でもないリボーンにキスされたことである。
何のつもりでキスなんかしたのか、
考えれば考えるほどわからない。
はずみで「構って」と言った。
するとキスされた。
最初は、もしかしてリボーン俺のこと好きなんじゃ、なんて考えたりしたが
そんなことあるはずがない。
何しろ数え切れないほど愛人が居る。
たとえ男色の気があっても、本気になるようなやつじゃないし、
勝手な憶測だが、仕事のためなら恋人すら斬り捨てかねないだろう。
そうなるとあのキスの意味は、

「・・・からかってるとしか思えない」

行き着く答えはこれしかなくて、怒りを覚える。
この間まで「リボーンが俺を認めた」と勘違いして浮かれていたが
今日からまた殺すことだけを考えよう。
いつかリボーンを殺し、ボヴィーノの名を上げ、マフィアの世界の頂点に君臨する。
その日を夢見てこれからも生きていけばいい。
この10年ずっとそうして生きてきたんだ。今さら変える必要はない。
そうしないと何かがおかしくなってしまう気がする。

そうと決まれば早速行動に移すしかない。
ベッドから起きあがり、顔を洗う。
いつものスーツに袖を通すと、心なしか気持ちが引き締まる。
玄関にはボスからの荷物が届いていて、中にはコルト25オートが入っていた。
コルト25オートは手の平に収まる小さな銃だが、殺傷力はある。
前回遠距離からの射撃に失敗したから次は近距離で挑戦しろというボスの計らいだろうか。

「ありがたいけど、気が進まないな・・・」

気が進まない、というのはもちろんリボーンと接近することだ。
だがボスの好意を無下にするわけにはいかない。
気が進まなくても、やるだけやるしかない。
俺は銃を内ポケットにしまうと、通い慣れたボンゴレのアジトへ向かった。





が、アジトには誰も居ないようでシンと静まりかえっていた。
いつもなら真っ先に獄寺が出てくるはずなのに。
拍子抜けして、肩を落とす。

「どっかのマフィアと抗争でもしてるのか・・・?」

それにしても誰も居ないにしては鍵もかけずに不用心だ。
天下のボンゴレファミリーに襲撃するヤツなんていないだけか?
疑問に思いながらもそっと中に入る。
そして迷わずリボーンの部屋へ向かった。
というよりも足が勝手に向かっていた。

ドアに耳を当てて中の様子を探ってみるが、
やはり誰も居ないようで何の音もしない。
ゆっくりとドアを開けると、
窓が開けっ放しになっていてヒュゥと風が通り抜けていった。

「不用心にもほどがあるだろ・・・」

部屋の中に入りドアを閉じると、
ふと先日のことがよみがえった。

・・・そういえば、このドアに押し付けられてキスされそうになったんだっけ・・・

間近に迫ったリボーンを思い出してしまい赤面するが、
振り払うように2,3度頭を振り、
部屋の中へ向き直る。
本棚、テーブル、椅子、テレビ、ラジオ・・・
見渡しながら歩いていると、何か踏んだらしく足元からクシャッという音がした。
目線を下に向けると、
そこにはたくさんの新聞。日付は昨日。
経済、スポーツ、政治、その他諸々。

世の中のことを知っておくのも一流マフィアの基本ってか?
にしても、いくつ新聞とってんだか。

新聞を踏まないように歩いていると、
スーツの上着が落ちていた。

・・・リボーンの、だよな。

闇夜にとけ込むような黒いスーツ。
重いイメージはなく、リボーンはそれを軽々と着こなす。

俺が着るとちょっと喪服っぽくなっちゃうんだよな。

スーツを拾い上げ、目の前にかざしてみる。
体格はそんなに変わらないと思っていたのに、
それは自分よりも少し大きめだ。

なんかムカつくな・・・ん?

スーツの少し向こうにはネクタイが落ちていた。
拾い上げて見ると、有名なブランド名が刺繍されている。
たかがネクタイでも数万はするブランドだ。
そしてまたさらに向こうには靴が片方だけ落ちていて、
その先には大きなベッドがあった。

まさか・・・、

おそるおそるのぞき込むと
そこにはシャツのボタンを3つ目まで開けて寝ているリボーンの姿があった。
片足には靴がかろうじてぶらさがっている状態で引っ掛かっている。
一言で言えばだらしない格好だが、どこか色気を帯びていて
そりゃ女も寄って来るはずだ、と納得させられる。

まぁ、そんなことはどうでもいい。
何しろ接近戦では勝ち目はないだろうと思っていたので
今はリボーンを殺す願ってもない絶好の機会だ。
何せ俺が入ってきているというのに起きる様子もなく、
スースーと規則的な寝息をたてている。

めでたい奴だな、苦しまないよう一発で殺してやるよ。

内ポケットからそっと銃を取り出し、
銃口をリボーンの眉間へ向けた。

苦節10年。

長かった。

ようやく終わる。

アンタには色々振り回されたが、これで全部清算してやる。


「死ね、リボーン」


パンッ、と小さな乾いた音とともに銃弾が放たれた。
―――――が、銃弾が向かったのはリボーンの眉間ではなく、天井だった。
引き金を引いた瞬間、リボーンはとっさに身を起こし銃を持った俺の手を掴み、
銃口を天井へ向けさせたのだった。

「なに・・・っ」

リボーンは俺の手を掴んだまま、
銃に指をかけ、パンパンパンパンッと次々に銃弾を発射した。
砕けた壁が剥がれて天井からぱらぱらと破片が降ってくるのもお構いなしにリボーンは撃ち続け、
やがてカチンッカチンッと弾が無くなったことを告げる音が部屋に響いた。
そして俺の手を放すと、再びベッドに横たわった。

「天井、弁償しろよ」

一言だけ言い放って、また寝息を立て始めるリボーン。
ごろりと寝返りをうって、俺に背中を見せつける。

「寝たふりしてたのかよ」

寝顔に向かって問うと、リボーンは目を開けないまま口を開く。

「次寝る邪魔したら殺すぞ」

・・・目なんか開けなくても、俺なんか全く相手にならないってこと?
俺がアンタの命を狙うってことは、
アンタにとっては蚊が飛んでるようなものなんだろうな。
ただ飛び回ってうるさいだけで、殺そうと思えばいつだって殺せるような。

「殺したきゃ殺せばいいだろ。うざったい奴が居なくなるんだ」

俺は空になった銃を脇に放り投げ、手ぶらになった両手をヒラヒラさせる。

そうだ、俺なんか殺せばいい。
ずっと無視し続けていればよかったものを、
下手に構うから、俺がつけ上がるんだ。
10年だぞ、10年。
もうアンタだって俺の存在に飽き飽きしているだろう。
俺を消してしまえば、この先アンタはうざったい思いをしなくて済むんだ。

「・・・そうだな、それが手っ取り早いな」

リボーンはだるそうに身を起こすと、枕の下からM19ベルゼブスを取り出した。
悪魔の中の悪魔として聖書に登場するBeelzebusの名を冠したカスタムリボルバー。
その異名の通り凶悪かつ優美な銃身が印象的だ。

そしてゆっくりと俺の目の前に銃口が向けられた。
リボーンの目は本気だ。
例えここで逃げ出したところで、
撃たれることは間違いない。

「どうした、泣いて許しを請わないのか?嘘です、冗談です、って」

「誰がそんなことするか」

口では強く言っても、背筋に流れる汗を止めることは出来なかった。
けしかけたのは自分だが、今さら後悔の念が押し寄せる。
本能が感じ取っている。
殺される、と。

違う、怖くなんかない。
怖くなんか。
俺なんかさっさと殺せばいい。

リボーンの指が撃鉄を鈍い音と共に引く。
あとはトリガーを引くのみ。

「遺言があれば聞いてやるぞ」

さすが一流の殺し屋と言われるだけのことはある。
自分へ向けられる銃口から痛いほどの殺気が突き刺さる。
そして、恐ろしいまでの威圧感。

「・・・・・・っ」

「声も出ないか」

心臓の音が早い。
だけど、絶対に引き下がるわけには行かない。
小さな体に秘められた大きなプライドだけが、
すくんだ体を支えていた。

「お、俺が死んでも、きっとボヴィーノから新たな刺客が来る。覚悟してろよ」

やっと口から出てきたのは、なんとも情けない言葉だったが
それでも精一杯の意地だった。

「それは楽しみだ。今度はちゃんとした奴を頼むぞ」

悔しい。
確かにこの先リボーンを殺せるかどうかなんて
100人に聞けば100人が無理だと答えるかもしれないけど
嫌だ。
本当はまだ諦めたくない。

生きたい。


「死ね」


死にたくない――――――――――――――


ガチンッ!!


「・・・・・・っ」

ギュッと目を閉じて衝撃に備えていたが、
聞こえてきたのは撃鉄の空回る音だけだった。
弾は装填されていなかったのだ。

「面白くないな」

そう言ってまたベッドに寝転ぶリボーン。
俺はわけがわからず呆然と立ちつくすことしかできない。

生きてる?
いや、生かされた。
死んでない。
生きてる。
面白くないって、何?
俺は、殺す価値もない――――――――?

両手を見ると、小刻みに震えていた。
うまく力が入らなくて、握りしめることができない。

情けない。
恥ずかしい。
俺はどれだけ馬鹿なんだろう。
自ら「殺せ」と言っておいて、
いざ銃を向けられるとこれだ。
本当は死ぬのが怖いくせに。
これじゃぁ、殺す価値もないほど面白くないのも仕方ない。

リボーンに愛想を尽かされても仕方ない。


見つめていた手の平の上にポタ、と水滴が一粒落ちた。
ハッとして目元を拭うと、目に溜まった涙がボロボロと溢れた。

「・・・っ、くそ、」

泣くな、泣くな俺。

「っく・・・」

止まろうとしない涙を拭いながら、
俺は部屋を去ろうと背を向ける。
リボーンに気付かれたくない。
これ以上情けない姿を見られたくない。
これ以上、嫌われたくない。

だが、ドアに向かおうとした体は
次の瞬間ベッドの中に居た。

「・・・・・・・・・・・・・・・あ?」

事態が飲み込めずに見上げると、
俺の上にリボーンが覆い被さっていた。

「泣くほど悔しいのか」

「何言って・・・、どけよっ」

だが押しても引いてもビクともしないことは過去に実証済みだ。
そういえばこいつは男なんかにキスするようなやつだ。
なんだかこの体勢はとってもやばい気がする。

「そんな簡単に死ぬ気になれるんなら、死ぬ気で生きるんだな」

「・・・・・・・・ど、どういう」

「得意の威勢の良さが無いお前は面白くない、ってことだ」

「・・・・・・・・・」

その言葉に一瞬ドキっとしてしまったのはマズかったかもしれない。
リボーンの肩を押しのけようとしていたはずの手が、
そのまま彼のシャツをぎゅっと握ってしまったからだ。

だってつまり、威勢のいい俺はリボーンに認められてるってことだろ?
俺は相手にする価値があるってことなんだろ?

そして気が付いたころにはリボーンの顔が眼前にあり、
キスされていた。
俺はそれを大人しく受け入れてしまった。
抵抗する気はあったはずなのに。

キスをすると情が移ってしまう。
例え相手が敵でも。

リボーンがどういう意味でキスをするのかはわからない。
ただ、からかっているわけではないということは
なんとなくわかる。

口づけられたままそんなことを考えていると、
やがてリボーンの唇が離れた。
離れていく唇を目で追っていると、
覆い被さっていたはずのリボーンの体がのしかかってきた。
急に全体重をかけられ、苦しくて息を吐く。

「ちょ、ちょっと、重いっ」

「うるさい、俺は寝る」

「は、はぁ?」

このまま俺の上で寝る気なのか?

「ジタバタするな。今度起こしたらそのうざったい頭に風穴あけてやるからな」

そう吐き捨てると、リボーンは俺の耳元ですぐに寝息を立て始めた。



「アンタ、一体何考えてんだよ・・・」


欠けた天井を見つめながら、
俺はただリボーンが目覚めるのを待つしかなかった。






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途中微妙に強引な展開もありますが、
みなさんの想像力で勝手に変換しておいてください。
心境の変化っていうんですか?そういうの書けないんだって!
国語の勉強ちゃんとしときゃよかったトホホ
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